備忘録

主に身の回りのことの備忘録。

年頭所感

あけましておめでとうございます。

 

年が明けた。

 

2016年は、

計画と質の高い実行

という目標を立てていたが、振り返ってみてどうだったろう。

 

TOEFLの勉強をしていた2月頃まではよかった。目標とする点数にそれなりに近い点数まで近づくことができた。

しかし、3月以降は仕事に振り回され、自分を見失い、何を楽しみに過ごせばいいかも分からなくなった1年だった。自分を見失いというのは大げさだけれども、なんだか全然楽しいことがないなという漫然とした退屈さを常に抱えていたことは間違いない。

 

一方で、アメリカ人の同僚と親交を深めた結果、アメリカ人がどのようなマインドで仕事に取り組んでいるかを垣間見ることもできた。そこから、アメリカ社会のごく一部に触れることもできたのではないかと感じている。

これはとても貴重な経験に違いない。

 

年末にベンダーさんの日本人の方に、「彼ら(アメリカ人同僚)に好かれてますよねー」といわれ、一緒に飲んでいた同僚にも帰り際にまた来年も飲もうと言って握手を求められ、彼らのローカルコミュニティにチームメイトとして組み込んでもらえている実感を得ることができた。

 

そのうちの一人とは、毎週木曜日をScotch dayと定め、都合の合う限りでSt. Andrewsというスコッチウイスキーのバーに行って仕事の愚痴を言い合うという会まで発足した。

彼との信頼関係と飲み屋の英会話力を築いたことは忘れがたい財産だ。

 

幸いにして、人から優秀だと褒めてもらうことも多かった。

5年前くらいに、ある先輩が「優秀だと言ってもらうことは難しいことだからね」とおっしゃっていたのを今になって思い出す。それだけに、評価してもらえていることを口に出して伝えてもらえるのは嬉しいしありがたいことだ。

しかし、優秀だといってもらうことが、頑張り続ける燃料にはならないということも改めて感じている。

 

仕事に振り回され、あてどを失った状態でかけてもらう優秀だという言葉は、救いにはなるが、再奮起のための燃料にはならなかった。

優秀だという褒め言葉は、燃料というよりは、自分が今取り組んでいることがズレていないという確信を与える程度のものなのだろう。そういう意味で、自分のやっていることに軸や芯がないと、どんな褒め言葉も活かすことができない。

 

これはずいぶん前から思っているが、部活で全国大会に行きたいとか、志望校に必ず入るとか、必ず海外赴任するといった、憧れに近い目標が燦然と輝いていて、そこに向かって戦略を立てつつがむしゃらに進んでいるときは、多少無理をしていても、鶏口ではなく牛後に甘んじているときでも、日々が充実する。

 

退屈さを抱え、漫然と仕事に振り回されているままでは、10年後必ず後悔する。

30歳という而立の年を迎える前の最後の1年だからこそ、2017年は10年後に後悔しないための目標と戦略を立てる年にしたい。30代というのは、社会人の一人前のプレーヤーとしてようやく日の目を浴び始める40代の土台を築く時代なのだから。

 

したがって、2017年の目標は

不惑を描く そのためのインプットとアウトプット

と定める。

 

どのようにして不惑を描くか。 

インプットは読書と勉強。アウトプットはこのブログと資格取得などが中心になると思う。自分を見失わないためにも、最近なおざりになっているランニングは習慣化して体力を維持したい。

また、向上心の塊で、かつ口だけじゃない人に刺激を受け続ける環境に身を置きたい。

 

僕の中で不惑を描くというのは、極端に言い換えてしまうと、10年越しで叶えるような憧れに近い目標を手に入れることだ。

 

僕の価値観からすると、地位と名誉のような、功名心を充足させるもの。それも、好奇心とか財力とか、そういうシンプルな欲求を満たしていった結果として地位と名誉も手に入れるという形に帰結させられるのがベストだ。

かつては功名心に突き動かされていたが、(地位が高まり続けるなら別だが、)地位と名誉は一度手にしても、それだけで精神的に100パーセント満たされた状態を保つことはできないからだ。

 

極論すれば、社会人の人生を納得のいくものにするためには、

・仕事はただの生業と割り切ってひたすら楽をして遊びたいだけの金を稼ぐ

・社長になるという目標だけを最優先に掲げてあらゆる戦略を尽くす

・自分の天職を見つけて仕事人生を充実させる

という3つの方策しかないのではないかと思う。

そのため、この3点のどこを目指すか、そして具体的に何を目指すかを考えつつ、不惑を描いていきたい。

 

そして何より大切な、不惑を迎えるための健康管理も忘れずに。