備忘録

主に身の回りのことの備忘録。

思考プロセス

思考プロセスが帰納法演繹法しかないと仮定すると、僕の思考プロセスはかなり帰納法に偏重しているような気がする。

帰納法
実際に観測された複数の実例を検証して結論を導く思考方法のこと。

演繹法
最初の前提(一般論)から次の前提を導き、それを繰り返して、最終的に必然的な結論を導く方法のこと。

たとえば、ハトは空を飛ぶという結論を導くことを考える。
僕が公園や動物園に行ってハトを観察する。その観察したハトが全て空を飛ぶことを確認したとき、僕はハトは空を飛ぶという結論を出す。これが帰納的な考え方。
一方で、ハトは鳥である。鳥は空を飛ぶ。だからハトは空を飛ぶ。という結論を導くような思考プロセスが演繹法となる。

帰納法は経験から一般論を導くけれど、演繹法は普遍的な事実を仮定として別の結論を導くような考え方だ。

僕は帰納法は得意だけど、演繹法はとても苦手である。
特に、課題を解決するときに演繹法を使うのがとても苦手。これまでの種々雑多な経験則から物を語ることはできるのだけれど、普遍的な事実から課題の解決策を導出することができない。

その原因はいくつかあると思うけれど、まずは最初の前提となる普遍的な事実をうまいこと当てはめられない。さらに、その前提から次の前提に上手に移行することができない。

仕事をする上でも、僕はどちらかといえば帰納法を多用する。
現状の課題に関連する情報を収集して、そこから解決すべき根源的な課題を抽出してそこにてこ入れするというやり方をとることが多い。しかしこれは、解決までに、
① 情報収集
② 収集した情報の分析
という2段階のプロセスをかませる必要があり、どちらもそれなりに時間がかかってしまう。その間、演繹法を利用する人は自分の設定した前提を土台として課題に向けた具体的な結論を導いてしまっていることが多い。
ただ、帰納法は経験値が上がるほど処理速度が上がる。経験が長ければ①の情報収集の時間を短縮できるからそのような特徴が現れるんじゃないかと思う。

演繹法使用者の例として相応しいのは経営コンサルタントだと思われる。実際の経験則ではなく、既存の事実、一般論、フレームワークから、課題の解決策を導出する。
若いうちに活躍する人も、必然的に演繹を多用せざるを得ないはずだ。なぜならば経験則が使えないから。

よく演繹法を使う人と仕事をすると、そのスピードに圧倒される一方で、いやいやその前提は間違ってるんじゃないの?その前提から導かれたその結論で本当に大丈夫なの?といいたくなることがある。
論理展開は間違っていなくても、前提が大幅に間違っている場合、結論も決定的に誤っている可能性があるのが演繹法の恐ろしさだと思う。
先ほどのハトの例も、鳥は飛ぶという前提は実は間違っている。ニワトリもペンギンも鳥だけど飛ばない。

理想的なのは、演繹法で導いた結論を帰納法で検証するというやり方かなと思う。僕はどちらかといえば帰納法で導いた結論を前提に演繹的に考えるということが多い。時間はかかるが自分なりに納得できている前提で前に進むことができるのは精神的に楽だからだ。
でもそれでは時間がかかりすぎるので、純粋に演繹法だけで問題解決ができるようになりたい。